沈殿物を撹拌

思ったこととか感じたことの備忘録です。

唯一の不思議な体験

ゾゾゾ、というYouTubeチャンネルを最近よく視聴している。

きっかけは妹から薦められたからなのだが、これがまぁ面白い。おおよそは全国にある心霊スポットに突撃する、という名目なのだが、動画の作りも上手いし出ている方々も個性的で魅力がある。
何より、全員が他に本職があるからなのか、YouTubeにありがちな「グッドボタン」「高評価」「チャンネル登録」などを動画中に催促しないので、テンポ良く見られるのがとてもありがたい。

そんなわけで毎日のように過去動画を見あさっている。
もともとホラーや心霊番組のようなものは子供の頃から大好きで、怖がりのくせに好んで見ていた。夏休みはみのもんたの「午後は〇〇おもいっきりテレビ」内のワンコーナー「あなたの知らない世界」を見るのが楽しみだった。
しかし、心霊番組は好きなのだが心霊体験のようなものは全く経験がない。誰しもが持っている鉄板のような「心霊ネタ」の話も持ち合わせていない。

しかし、たった一つ。
自分でも不可解…というか、不思議な光景を見たことがある。

あれは十年以上前の夏のことだ。
当時、私は宮城県仙台市の宮城野区のアパートで一人暮らしをしていた。ある8月の夜、真夏だったがそこまで暑くもなかったため、私は仕事終わりに近所の公園へジョギングに行くことにした。確か、秋に行われる松島マラソンの10キロの部にエントリーしていたので、事前にトレーニングをしたかったのだと思う。
アパートを出てしばらく歩くと公園がある。榴岡公園という、市民の憩いの場だ。春は桜が咲きお花見の名所となり、その後は名の通りツツジが咲くという、緑の多い公園。しかし、夜9時前とあっては当然緑は見えず、木が高々と茂る薄暗い中を私はせっせと走っていた。
犬の散歩などの人たちと何度かすれ違いつつ、芝生広場へ行った。ここは真ん中が広い芝生となっており、その周りをぐるりと歩道が囲んでいる。ここを一周したら家に戻るか、と思い、私は周囲を走って周り始めた。
すると、暗闇の中、芝生公園に人だかりができているのが見えた。
公園の街灯が届かないので良く見えないが、おそらく人数は20人〜30人ほど。私は最初、大学生のグループが花火でもしに来ているのかと思った。しかし、どうやら違うようだ。花火など光るものを始める気配がない。
何の集まりだろう?と思いつつ、私は走る足を止めなかった。その集団の近くを通れば、何なのかすぐに分かるだろうと思ったからだ。
近づいていくうちに、その集団はみんな下を向いていることが分かった。下を見つつ、芝生の絵をうろうろと歩いている。ここで私は合点がいった。「ポケモンGO」だ、と。
当時、ポケモンGOはリリース直後で、特に仙台では街中にある勾当台公園にピカチュウが出るとかで人だかりができていたことがあったのだ。この集団もそれだ、と思ったのだった。

だが、集団の真横を通った時、私はハッとした。
集まっている誰一人として、手にスマホを持っていない。

それに気づいた時、私は思わず「やばい!」と思って目を逸らした。
しかし視界に端にチラチラと集団の姿が見える。集まっている人は、誰も声を発していなかった。そしてみんな一様にうつむき、何やら口をぱくぱくと動かしてしゃべるふり?真似?をしたり、たまに身振り手振りをしながら空を仰いだりしている。そんな人たちが、夜の公園に集まっている。異様な光景だ。
当時の私が真っ先に思い浮かんだのは、「一人芝居の練習?」だった。何というか、前衛的で難解な劇のワンシーンを見ているような、とにかく不可解な光景だったからだ。

私はペースをあげて公園から走り去り、住んでいるアパートに戻った。
その時は「怖い」とか「背筋が凍る」みたいな気持ちより、「……何だったんだあれは」という理解不能な気持ちが大きかった。だが、もしあれが幽霊とからならお盆が近いからかもな…と妙な冷静さで納得したのも良く覚えている。東日本大震災から数年しか経っていなかったから。

今でもこの体験はふとした時に思い出して「何だったんだろう…」と不思議な気持ちになる。真相は大したことないのかもしれないし、本当に「芝居の練習」だったのかもしれないけど。

変わるべきなのは誰か

パート先で人事の変更があった。

今までのマネージャーが退職し、新たに若い男性がマネージャーとなった。

 

そのことに大きな困惑はないのだが、人によってはかなりやりづらくなっている雰囲気を感じる。

 

前任のマネージャーはとにかく優しく面倒見のいい女性だったんだが、そのせいかちょっとクセのある社員の「お世話係」となっていた。

他の社員と話すのが苦手な人の代弁をしてあげたり、遠くの席から呼びかけられると自分の仕事の手を止めてすぐに向かったりと、マネージャーだから仕方ない部分もあるだろうけど、本来の業務から外れた他人のお世話ばかりをしていた。

一部の人達はお世話係のマネージャーにおんぶに抱っこの状態で、その人がお膳立てをしてようやく業務にとりかかれる、といった印象だった。

 

しかし、そのマネージャーが退職してしまったのである。

そして、後任の男性マネージャーはそこまで面倒見がいいタイプではなく、どちらかといえばドライな性格だ。

一部の人たちは、急に変わった職場環境に戸惑っているのがよく分かる。だって誰も前もって仕事のお膳立てしてくれないからだ。

ある人は、他の社員の間に入ってくれない新任マネージャーに不満をこぼし、またある人は業務の進捗状況が何も分からなくて自分の業務外のこともあれこれ質問攻めにしていた。そして新任マネージャーは上司に「あの人たち、正直めんどくさいですね」と愚痴っていた。

 

ちなみに私は特に不満なく働いているのだが、「お世話係」がいなくなって右往左往している人たちを助ける気にもなれない。

前任のマネージャーから「あの人はこういう人なんで」と言われてこっちが気を回したり譲歩してばかりいたのに、さらに気遣いをするほどお人好しじゃないからだ。

変わるべきなのはあの人たちであって私ではない。

「夏休みの宿題を期限通りに終える」を出来なかった結果

息子の夏休みも残りあと10日ほどになった。

小学一年生になってから、45日間の初めての夏休みだ。東北生まれの私は世間と比べて夏休みが短く、だいたい8月24日か25日あたりが始業式だったが、近畿地方の始業式は9月1日である。昔、りぼんやなかよし等の少女漫画で「学校が始まる9月までに〜」といったセリフを見かけるたび羨ましかったものだ。
そのため、息子の8月は丸々休みである。私のパートもあるため週三回は放課後等デイサービスを利用しているが、基本的にはのんびりと過ごしている。何とも羨ましい反面、子を持つ親となってからは小学生の夏休みというものは呑気に過ごしてもいられない。
その理由は言うまでもない。「夏休みの宿題」があるからである。

息子の宿題は主に
・サマー16(夏休みの友のようなもの)
・ドリル
・絵日記2枚
・自由研究、図画、習字、読書感想文のいずれかひとつ
・本を10冊読む
これに加えて、毎日の習慣として
・音読
・計算カード
・朝顔の観察
・一行日記
がある。

自分の時代を思えば決して多い宿題ではないのだが、「毎日の習慣としてやる」と言うものが多い。しかも息子は残念なことにこういった宿題を自ら率先してやってくれるタイプではない。そのため、親が計画と立ててやらせなければならない。
とりあえず、後からまとめてやることが困難な「毎日の習慣」は欠かさずやらせることにし、それが終わらないとタブレットやYouTubeを見れない、と言う約束にした。大好きなタブレットが出来ないのは息子自身も堪えるだろうと思ったのだが、それでもなかなかとっかかりが遅い。「大好きなタブレットをする」よりも「宿題の面倒くささ」が勝るようである。自分の子供時代もそうだったので気持ちは良くわかるのだが…。
それでも何とかかんとか習慣づけつつ、7月のうちにはワークやドリル系を「1日2ページ」と決めて取り組み、これは8月の初めには全て終えることができた。だがしかし、そうなると今度は大人も悩ましい宿題が待っている。
まず、自由研究、図画、習字、読書感想文のいずれかだ。息子はまだひらがなを書くのもおぼつかないし、文章などまだ書けないので、選ぶのは自動的に図画になる。図画はいくつか開催されるコンクールから一つを選び、そのテーマに合わせて描く、と言うものだった。
気温の高い中、どこかに出掛けて絵を描くのはしんどかったので、近所にある公園で私鉄の電車と一緒に写っている姿を写真に撮り、それを絵にすることにした。ちょうど、「大好きな私の町」と言うテーマのコンクールがあったからだ。
時刻表を調べて電車の来る時間に公園に行き、タイミングを見計らって写真を撮った。そしてそれを家でプリントアウトし、絵に起こすことにした。テーブルを出し、絵の具を揃え、下描きのお手本を見せ、息子が描きやすいように環境を整えた。
……だが、ここまでしても息子はやる気を出さない。ちょっと描いただけでもう「むずかしい」と言って投げ出してしまう。ここまでお膳立てしてるのに?!と心底思ったが、ここは怒らずグッと堪える。
そして空とか地面とか面積の大きい場所は私が絵の具で塗ってあげ、電車の色は写真に近づけるように作ってあげた。画用紙が色で埋まっていくと、ようやく息子もやる気が出たようで、仕上げの作業などは喜んでやっていた。
出来上がった絵を見てとりあえず私は一安心。夏休みの一番大きな宿題を無事に終えられてホッとした…と同時に、自分の子供時代がどうだったかを思い出していた。
私も勉強や宿題は嫌いだった。そして自発的に自分で計画を立てて事を進められるような優秀なタイプでもなかった。というか能力的には同世代よりもだいぶ劣っていただろう。
絵日記などは親も手伝ってくれていたが、それでも出来なかったものや未提出のものが多かったと思う。学業の成績や評価も重要だが、それ以上に「夏休みの宿題を終えることができなかった自分」という事実が心の中に棘のように刺さっており、そのまま成長してしまった自覚がある。そういった事実は自分の自信のなさや劣等感、自己弁護から来る過剰な自尊心に繋がっている気がするのだ。
私は息子に「宿題をして優秀な成績を収めてほしい」とか思っている訳ではない。ただ、私のようになって欲しくないのだ。夏休みの宿題というものは、当然ながら無茶苦茶なスケジュールで出されている訳ではない。むしろ計画的に進めれば余裕で終わるようにできている。ただ、その「余裕で終わるようにできている」ものを期限通りに終えることの出来なかった時に感じる自分へのガッカリ感は、後から埋められるものではない。私は、息子にそう言ったガッカリ感をできるだけ味わって欲しくないのだ。
例え殆ど親に手伝ってもらったような図画でもいい。期限通りに提出してほしいのだ。

自分好みの絵が仕上がる嬉しさ

最近、たまに絵を描いている。

こういった書き出しだと、風景画とか静物画だとか、あとは可愛らしいイラストだとか、絵手紙調の挿絵だとか、そういったものを連想するのだろうが、私の場合は残念ながら全く違う。
だいぶ濁して言うと、まああまり人には見られたくないし見せられない絵である。モチーフ的にも、クオリティ的にもだ。絵はドローイングアプリの「アイビスペイント」を使っているのだが、出来上がった絵は誰にも見せないし、ネットの匿名SNSにも上げていない。完全に自分が描いてて楽しいだけの自己満足の絵である。

ちなみに、絵の技術にはいまだに少しの自信がある。
私はいわゆる「クラスで一番絵が上手い女子」だった。この肩書きも中学、高校を経て美大を目指すようなガチ美術部の方々の前では霞んでなくなってしまったものではあるが、それでも絵を描くのはいまだに何となく好きだ。
しかし、人物デッサンなどのきちんとした技術を身につけているわけでもないし、そういった努力を怠ったまま今に至っているので、ただ感覚で人物を描くとデッサンが狂いまくっている。あと、男性の骨格がよくわかっていないのでただのゴツゴツした人っぽもの、と言うありさまの出来になる。
最初は別にそれでも良かったのだ。誰に見せるわけでもないし。しかし、何度か描いているうちにやはり物足りなくなってきた。もう少しちゃんとした自然な人体と筋肉を立体的に描きたいと思うようになった。
そこで導入したのが「イージーポーザー」というアプリだ。これは3Dの人体モデルの関節を好きなように曲げて、自分の描きたいポーズを取らせることができる、と言うもので、無料版でもモデルには若い男女、そして「スーパーヒーロー」と言う筋肉質な男女のモデルが使える。好きなポーズが出来上がったら画像を保存して、上からトレスなどをすればいい。
これを使うようになってから、絵のクオリティは格段に向上した。男性はきちんとした筋肉質の男に見えるし、骨格が不自然になることも無くなった。
しかし、絵というものはとても奥が深い。特に「自分が描きたいと思う絵」を具現化するには、さまざまなTipsとテクニックがある。
動きのある絵に見せたい場合や、人体に衝撃を受けた時の表現は、「やりすぎ」でも「やらなさすぎ」でもどこか不自然になる。その適度な見極めが難しい。
擬音ひとつ取ってもそうだ。叩く衝撃を表す場合、「バシッ」と書くか「ばしっ」と書くかで受ける印象は違うし、それを叩かれた場所の近くで書くのか、離れた背景の方で大きく書くのかでは画面から受ける印象はまた違う。
これは私の好みの話になるが、私はどうやら「衝撃を受けた時の線の描写は過剰めに、擬音は衝撃が起こった場所の近くであまり大きくなく、だが何回も書く」という表現がお気に入りらしく、このように仕上げるとしっくりくる。

仕上がった絵を時系列ごとに見ていくと、自分の技術や表現の幅がどんどん広がっていっているのも楽しい。そして次はどんなものを描こうか、とイージーポーザーを今日もコネコネしているのである。

姪っ子ツインズ

先週末は車で遠出をし、ついでに姪っ子たちに会ってきた。
姪っ子は双子で、夫の妹さん…つまり義妹さんのお子さん達だ。そんなわけで私と直接血の繋がりがあるわけではないが、そんなことは些細などうでもいいことだ。姪っ子達はめちゃくちゃに可愛い。
二人は超早産で産まれており、出生時の体重は800グラムほどしかなかった。写真で見た時には大人の手のひらにも余るほどのあまりにも小さすぎる命にハラハラしたものだ。何てったって私の息子の出生時の4分の1である。二人足してもまだ半分。生まれた知らせを聞いた時は、どうかどうかこの子達が健やかにすくすくと育ちますように…と願ってやまなかった。
あれから三年。現代医療の発達もあり、姪っ子達は本当にすくすくと大きくなった。長女の方は肺機能が未熟と言うことでしばらくは酸素チューブをつけていたが、今ではそれも外れている。
二人ともやんちゃな悪戯っ子で、とてもよく笑うし人懐っこい。外国の血が入っているのもあってか(義妹さんは国際結婚だ)髪が栗色で色白なのも可愛い。長女の方は息子によく懐き、おぼつかない口調で名前を呼んでは追いかけ回していた。息子も息子で、小さい子への面倒見がいい訳ではないが、変にお兄さんぶったり場を仕切ろうとするような性格でもないため、双子達とほぼ同レベルのような感じで楽しく過ごしていた。
長女の方には手足に麻痺がありまだ上手く立てないようだが、その代わり高速のハイハイで移動しているので全身の筋肉がついているようだ。本人も立ったり動いたりするのは好きなようなので、そのうち元気に歩けることだろう。
何より私自身がとてもとても元気をもらえた。どうか姪っ子達がこのまま元気に育ってくれますように。

ちなみに、帰宅してからのこと。
息子が「けっこんしき、したい〜」「けっこんしきって、何年生になったらするの?」としきりに言っている。
誰と結婚するの?と尋ねると、「おとうさんと、ぼくと、まま」と言う答え。三人で結婚するの?と続けて聞いてみると、驚きの答えが。

「だって、こどもがふえるから」

も、もしかして、「結婚式をすると家に小さい赤ちゃんがやってくる」と思ってるってことか…?!小さないとこたちに会って、自分の家にも小さい赤ちゃんが来て欲しいと思った様子。何て純粋で可愛いんだ息子よ……どうかそのままの純粋な子でいてくれ…

初めての休校

ザアアアア、という大きな音で目が覚めた。
部屋の中はまだ暗い。おそらく時間は明け方前だろう。私は夫のイビキ対策のため耳栓をつけて寝ているので、この大きな音は耳栓を通り越して聞こえているということだ。音の正体は確かめなくても分かる。雨の音だ。
二つの台風が発生した影響で、私の住んでる地域にも大雨の予報が出ていた。しかし、雨の勢いは思った以上に強い。ゴロゴロ…と雷も鳴っている…
スマホで時間を確認する。朝の4時半過ぎだ。雨雲レーダーを見ると周辺の地域は真っ赤っか。しかも雨はあと数時間続くらしい。線状降水帯のようなものもできている。
その時、外がピカッと鋭く光った。次の瞬間、ドォン!!!!!と地響きがするほどの雷が鳴った。あまりの音の大きさに、家にビィィィンと響いている。
あまりの音の大きさに夫も起きた。私もベッドに備え付けてあるライトをつけてみる。電気はつくので、停電はしていないようだ。
「雷すごいね」と私が言うと、「今日学校無理じゃない?」と夫。確かに、こんな大雨の中で登校させるのは心配だ。しかし、連絡があるにしても朝の5時前では先生も出勤していない。
とりあえず目覚ましが鳴るまで寝ておくかと思い、目を閉じた。
6時半になりアラームが鳴った。いそいそと起き出してスマホを確認する。6時半の時点でアプリを通して学校から連絡が来ており(早朝出勤だ)、7時の時点で大雨特別警報が解除されなければ本日は休校とのこと。テレビのニュースをつけると、住んでいる地域の地図が紫色に染められている。特別警報の色だ。
そもそもこの「特別警報」が出た時点で公立学校は自動的に休校になる決まりなのだが、どうやら本当に出たのは今回が初めてらしく、学校側も確認を兼ねて連絡したらしい。
7時まであと10分。雨は少し小康状態になっているが、どう考えてもあと10分で解除されるとは思えない。私はまだ寝ている息子のところへ行き、「今日は学校がお休みになったよ」と伝えた。寝ぼけた息子はよく理解していないようだが、学校に行かなくてもいいと言うことだけは分かったようだ。
7時を少しすぎたところで、ママ友からラインがきた。
「今日って休校?」
ママ友は家に地上波のアンテナをつけておらず、テレビのニュースが見れないのだ。「休校だよ」と伝えると「マジかー」とびっくりしていた。仕事を休む手筈をしなければいけないからだろう。
このママ友も工場勤務のため仕事の都合はつくようだが、私はこう言う時に改めて「もう店舗では働けないな…」と思う。災害の警報が出ていても「お客さんが来るかもしれないから」という理由で出勤しなければならない仕事は大変だ。
ちなみに夫の会社は今日が株主総会だそうなので普通に出勤していった。京都の鴨川はえらく増水しているとニュースでやっていたと言うのに…(夫は京都勤務だ)。

私はというと、今日の予定が完全に狂ってしまった。
今日はワールドカップの日本対スウェーデン戦を見たあと、図書館に本を返し、その帰りにどこかでランチをして、無印良品で化粧品を買って帰る、と言うスケジュールのつもりだったのだが、警報が出ていては何もできない。
まあいいやと開き直り、サッカーを見ながらジェルネイルをした。セルフジェルネイルに最近ハマっているのだ。息子は嬉々としてタブレットでYouTubeを見たり、ロブロックスで遊んでいる。
流石に遊んでばかりでは不安なので、国語の教科書を読ませ、あとは進研ゼミを進めさせた。日本は1対1で引き分けた。

プール大好き!

小学校でもプールの授業が始まった。
それがきっかけというわけではないが、ここのところの息子は水に潜るのがとても好きになり、それに伴ってプールの授業が待ち遠しい様子だ。

「プールいつ?」
「プール入りたい」
「プール行きたい!」

毎日そればかりである。
幼稚園入園前まではスイミングプールに通っていたのだが、その時は水に入るのが嫌で嫌で進級のワッペンをなかなかもらえなかったというのに…。
きっかけとしてやはり、水中ゴーグルを購入したことだろう。ゴーグルの付け方を練習させたところ、息子はこれをいたく気に入り、お風呂にまで持ち込むようになった。そしてひたすら湯船に潜るのである。
狭いバスタブの中で鼻を摘んでぶくぶくぶく…と潜水し、しばらく経ってからぶブハー!と顔を出す。おやおや鼻水も出てますよ…と私は息子のはなを拭ってあげたりしている。

しかし、最近は梅雨のせいもあってか雨が多く、学校のプールは中止の日が多い。「プールなかった」「3くみ(息子が在籍しているのは2組)は入ってたのに」「プール無い!何でぇ?!」と毎回がっかりしているのだが、ブール授業割り当ての日に雨が降ってしまっては仕方がない。

「雨が降るのは先生のせいでも、お母さんのせいでもないでしょ」
と言い含めると、息子は憮然としながら言い返してくる。
「じゃあだれのせい?!」
「誰のせいだと思う?」
「雲!」
「雲がくるのは誰のせい?」
「……おに!」
「鬼のせいなのか!じゃあ鬼を倒さないとね」
「剣……、弓でたおす!」
「そうだね。弓を空にバシバシ撃って、空の鬼を倒さないとね」

そんなやり取りをしていると、息子をプールに連れて行ってあげたくなるのだ。
しかし、残念ながら住んでいる地域には「市民プール」も「レジャープール」もない。近隣の市や町にはあるのだが、どこも七月からの営業で六月はまだ時期じゃない。

「プール行きたい!」

息子よ、もう少し待ってくれ。
時期になったらたくさん連れてってあげるからね。