息子にはどうにも性格の合わないクラスメイトがいる。
その子(S君)には前々から「ウンチババア」「オシッコジジイ」等の謎の汚い言葉を浴びせられたり、急に叩かれたりしているらしく、その度に私は息子から話を聞いて担任の先生へ報告や相談などを連絡帳にしていたのだが、今回はとうとう、その現場を目の当たりにしてしまった。
2学期になってから、朝は学校までついて行き、教室の前ですこし様子を見守ってから送り出していた。息子はS君と一緒に行動するのを避けて、先に支援クラスへ連絡袋や筆箱などの必要な道具を置きにいっていた。
しかしS君はそれがなぜか気に入らないらしく、必要な道具をすでに置いてきた息子に何かを言ってきたり、時には叩いたり肩を押したりしてくるのだ。
S君いわく、「競争じゃないのにさきに行ってるほうが悪い」とのことなのだが、そもそも競争などしていないし、息子はS君を避けているので一緒に行く約束などしていない。
しかし、S君の中の世界では違うらしい。
そして今回。
私は絵本読みのボランティア活動の日でもあったので、息子と一緒に支援クラスへ連絡袋と筆箱を置きにいった。そして在籍クラスに戻ろうとしたときだ。廊下の向こうからS君が走ってきた。
そして、息子の肩付近を筆箱で叩いたのだ。
びっくりした。ものすごくびっくりした。
突然のことに息子は泣き出し、私は「そんなことしたらダメだよ!」とS君を諌めた。
しかし、S君は悪びれるどころか何やら息子の方に原因があるようなことを言っている。小学一年生が話していることなので言っている内容はよく聞き取れなかったが、どうやらまた「競争じゃないのに先に行っているほうが悪い」理論を展開している。
S君の中ではその理論が正しいのかもしれないが、だからと言って筆箱で叩いていい理由にはならない。叩く方が絶対に悪い。そのことも強く伝えたが、S君は拗ねたかのように私の言葉を受け入れようとはしなかった。
とりあえず私は教師ではないため、二人の間を取り持つ役目ではないだろうと思い、担任の先生に報告することにした。どうにか落ち着いて泣き止んだ息子を慰めていると先生がやってきたので、事の顛末を説明した。
今までは大人のいない場所での出来事を子供から聞き出す、という形だったため、いまいち要領をえないことが多かったが、今回は違う。私ははっきりとこの現場を目撃している。
私の話を聞いた先生は流石に顔色を変えた。そして「さすがに度を超えている」ということで、向こうの保護者にも電話で報告してくれることとなった。
ここで私は自省した。
今まで、息子からの訴えを何となく「子供同士のことだし」「男の子ならこんなこともあるだろう」「お互い様な部分もあるはず」と、あまり重く受け止めていなかったのだ。
しかし、あの現場を見た時。薄暗い廊下の向こうから、両目を釣り上げて明らかに「息子のことを叩くために」走ってきたS君を見た時。そして、頑なに謝ろうとしなかったS君の反応を知った時。何より、その後に教室の向こうから憎らしい目でこちらを睨みつけてくるS君を見た時。思い知ったのだ。
息子はこの子と関わらせるべきではない、と。
とりあえず、来週から息子は「必要な道具は先生が一緒の時に持っていく」ように教え、そうなるように見守ろうと思う。S君といなきゃいけない時は先生の目の届く場所を離れないように、あとは、難しいかもしれないが、S君とは出来る限り距離をとるように、話しかけられても断って避けるようにしてほしいと思う。
自分を傷つけてくる人と一緒にいる必要なんてないのだ。
今日からスイミング
新しく入会した息子のスイミング教室が今日からはじまる。
スイミングは幼稚園入園前に2年ほど通っていた。そのときは泳いだり潜ったりするのが苦手でさして上達しなかったが、小学生となった今の息子は水に潜るのが大好きだ。これはいい機会だと思い、スイミングにまた通わせることにしたのだ。
今回は、以前のスイミングとは別のスクール。仲のいい友達兄弟が通っていることと、放課後等デイサービスから近いというのが決め手だった。無料体験でも安心して通わせられそうだったし。
そして今日。いよいよ初日。
仲良しの友だち兄弟は残念ながら風邪をひいて休むとのことで、慣れない場所と生徒達に息子1人。大丈夫かな…と心配しつつも、男子更衣室に送り出した。
他の生徒たちは続々やってくる。人数は20人近くいるだろうか。更衣室に入っては着替えを済ませ、準備体操用のスタジオへ移っていく。
…しかし、息子はなかなか出てこない。着替えに手間取っているのだろうか。無料体験で施設は使ったはずだから勝手が全く分からないわけではないだろうけど…とちょっと心配していると、なんと息子が泣きじゃくりながら更衣室から出てきた。肌着とパンツ姿で、顔を真っ赤にし、涙と鼻水まみれの顔で、ヒックヒックとえづきながら私に駆け寄ってくる。
「水着がない!!」
息子はわんわんと泣きながら訴える。水着がない?そんなはずはない。ビニール袋に入れて水泳バッグに入れている。
もっとよく探して、と息子に言い、優しいお兄ちゃんに息子のバッグを取ってきてもらった。ビニール袋から水着を出してやると、息子はここに入っているとは思わなかったようで(私はちゃんと伝えたが生判返事で聞いてなかったのだろう)、泣きながらも安心したようだ。
更衣室のすみっこで着替えさせ、準備体操へと向かっていった。あとはやる気が出てきたのか、泣き濡れた顔も徐々に晴れて初めてのレッスンを頑張っていた。
しかし、バッグの中に水着が見当たらなかったとき、息子はどれだけ不安だっただろうか。
まわりの見慣れない生徒たちがどんどん着替えて行ってしまう中、自分の水着が見つけられないのはさぞ焦っただろうし困っただろう。
まだまだ7歳。パニックになってしまうのも分かる。もう少し念入りに事前準備をすべきだった。
息子には申し訳ないことをした。
コミュニケーション力の発展途上
小学一年生の息子は支援クラスに通っている。
息子はボーッとしがちな性格で、幼稚園の頃から先生の指示を聞き逃したりしがちだ。さらに自分の意見を発したり自分のことを話すのが苦手で、困っている現状を周囲に伝えるのが難しい。このまま小学校に入っては完全に授業に遅れてしまう、と言うことで幼稚園と発達支援センターの職員に勧められ、国語と算数の授業のみ支援クラスでお世話になることになったのだった。
在籍のクラスは40人だが、支援クラスは三人しかいない。授業の進み方はほぼ同じなので、支援クラスでは手厚く丁寧に教えてもらっている。本当にありがたいことである。
ありがたいことではあるのだが、心配事が一つだけある。
それは、同じ支援クラスの子のことである。ここでは仮にS君とする。
S君は、在籍のクラスも支援クラスも息子と同じ子だ。
どうやら息子は、このS君とどうにも気が合わないようなのである。
S君は息子と違って自分のことを良く話すタイプで、先生や他の保護者にもあれこれ話しかけたり、名札が付けられない時や傘がうまく閉じられない時なども頼ってくる。
それはそれで可愛いところもある子なのだが、何かのきっかけで汚い言葉を周囲に言ってしまうらしいのだ。
息子が言われた言葉の筆頭は「ウンチババア」と「オシッコジジイ」らしい。
息子からはじめに聞いた時は何だそりゃ、と思い笑ってしまったのだが(同級生に向かってババアもジジイもないだろう、という感想だ)、そんな言葉を言われたことのない息子はいたくショックだったそうなのだ。
他にも、気に入らないことがあると肩を押してくる、「死ね」などとも言う(これは本当に良くない)と訴えが息子からあり、先生とも相談して席を離してもらうことにした。
だが、40人もいる在籍クラスならまだしも、支援クラスはたったの3人。息子と、S君と、あともう一人だけだ。物理的に関わらないことがまず難しい。
先生とも何度も相談したが、そもそも学校とは学業の他に「いろいろな人との関わりで社会性を育む」という場所である。もちろん、心を病むほどに環境が合わない場合は無理に行く必要は私もないとは思っているが、こういう「できれば関わり合いになりたくない子」とどう距離を取るか、というのを学ぶ場所でもあるのだ。
甲本ヒロト氏が言ったというこんな名言がある。
「友達じゃねぇよ、クラスメイトなんて。たまたま同じ年に生まれた近所の奴が同じ部屋に集められただけじゃん。」
「趣味も違うのに友達になれるわけないじゃん。山手線に乗ってて、『はい、この車両全員仲よく友達ね』って言われても、『いや、偶然今一緒に乗ってるだけなんですけど』って。友達じゃねぇよ。」
「ただ、友達じゃないけどさ、喧嘩せず自分が降りる駅まで平和に乗ってられなきゃダメじゃない?その訓練じゃないか、学校は。友達でもない仲よしでもない好きでもない連中と喧嘩しないで平穏に暮らす練習をするのが学校じゃないか。」
いやぁ、何度読んでもいい言葉だ。
私も「みなさん仲良くしましょう」なんて標語は綺麗事の幻想で、面倒ごとを起こして欲しくないだけの大人の勝手な都合を子供に押し付けているだけだと思っている。
別に無理に仲良くなんてしなくていいのだ。自分と性格が合わない人なんてごまんといる。
でも、だからといってその人を悪く言ったり、排除しようとしたり、これ見よがしに嫌がらせをするのは絶対に良くない。
息子に確認したのだ。
「S君のことが嫌い?」
「一緒にいたくない?」
すると、息子は意外なことを言った。
「はなれておきたい」
「けんかになっちゃうから」
私はてっきり、「嫌い」とか「遊びたくない」という答えが返ってくるかと思っていた。
しかし実際のところ、息子もS君との「けんかにならない」距離を測りかねているようだ。
コミュニケーション力の発展途上…!と感動しつつ、しばらくは先生とも相談し、様子を見てみることにした。
しかし、我が子ながら息子はとても優しい子である。苦手な子でも悪しざまに文句や悪口を並べ立てない。これは親の私も見習うべきである。
っていうかコレ↓が消せないんだけどなんでだ?
唯一の不思議な体験
ゾゾゾ、というYouTubeチャンネルを最近よく視聴している。
きっかけは妹から薦められたからなのだが、これがまぁ面白い。おおよそは全国にある心霊スポットに突撃する、という名目なのだが、動画の作りも上手いし出ている方々も個性的で魅力がある。
何より、全員が他に本職があるからなのか、YouTubeにありがちな「グッドボタン」「高評価」「チャンネル登録」などを動画中に催促しないので、テンポ良く見られるのがとてもありがたい。
そんなわけで毎日のように過去動画を見あさっている。
もともとホラーや心霊番組のようなものは子供の頃から大好きで、怖がりのくせに好んで見ていた。夏休みはみのもんたの「午後は〇〇おもいっきりテレビ」内のワンコーナー「あなたの知らない世界」を見るのが楽しみだった。
しかし、心霊番組は好きなのだが心霊体験のようなものは全く経験がない。誰しもが持っている鉄板のような「心霊ネタ」の話も持ち合わせていない。
しかし、たった一つ。
自分でも不可解…というか、不思議な光景を見たことがある。
あれは十年以上前の夏のことだ。
当時、私は宮城県仙台市の宮城野区のアパートで一人暮らしをしていた。ある8月の夜、真夏だったがそこまで暑くもなかったため、私は仕事終わりに近所の公園へジョギングに行くことにした。確か、秋に行われる松島マラソンの10キロの部にエントリーしていたので、事前にトレーニングをしたかったのだと思う。
アパートを出てしばらく歩くと公園がある。榴岡公園という、市民の憩いの場だ。春は桜が咲きお花見の名所となり、その後は名の通りツツジが咲くという、緑の多い公園。しかし、夜9時前とあっては当然緑は見えず、木が高々と茂る薄暗い中を私はせっせと走っていた。
犬の散歩などの人たちと何度かすれ違いつつ、芝生広場へ行った。ここは真ん中が広い芝生となっており、その周りをぐるりと歩道が囲んでいる。ここを一周したら家に戻るか、と思い、私は周囲を走って周り始めた。
すると、暗闇の中、芝生公園に人だかりができているのが見えた。
公園の街灯が届かないので良く見えないが、おそらく人数は20人〜30人ほど。私は最初、大学生のグループが花火でもしに来ているのかと思った。しかし、どうやら違うようだ。花火など光るものを始める気配がない。
何の集まりだろう?と思いつつ、私は走る足を止めなかった。その集団の近くを通れば、何なのかすぐに分かるだろうと思ったからだ。
近づいていくうちに、その集団はみんな下を向いていることが分かった。下を見つつ、芝生の絵をうろうろと歩いている。ここで私は合点がいった。「ポケモンGO」だ、と。
当時、ポケモンGOはリリース直後で、特に仙台では街中にある勾当台公園にピカチュウが出るとかで人だかりができていたことがあったのだ。この集団もそれだ、と思ったのだった。
だが、集団の真横を通った時、私はハッとした。
集まっている誰一人として、手にスマホを持っていない。
それに気づいた時、私は思わず「やばい!」と思って目を逸らした。
しかし視界に端にチラチラと集団の姿が見える。集まっている人は、誰も声を発していなかった。そしてみんな一様にうつむき、何やら口をぱくぱくと動かしてしゃべるふり?真似?をしたり、たまに身振り手振りをしながら空を仰いだりしている。そんな人たちが、夜の公園に集まっている。異様な光景だ。
当時の私が真っ先に思い浮かんだのは、「一人芝居の練習?」だった。何というか、前衛的で難解な劇のワンシーンを見ているような、とにかく不可解な光景だったからだ。
私はペースをあげて公園から走り去り、住んでいるアパートに戻った。
その時は「怖い」とか「背筋が凍る」みたいな気持ちより、「……何だったんだあれは」という理解不能な気持ちが大きかった。だが、もしあれが幽霊とからならお盆が近いからかもな…と妙な冷静さで納得したのも良く覚えている。東日本大震災から数年しか経っていなかったから。
今でもこの体験はふとした時に思い出して「何だったんだろう…」と不思議な気持ちになる。真相は大したことないのかもしれないし、本当に「芝居の練習」だったのかもしれないけど。
変わるべきなのは誰か
パート先で人事の変更があった。
今までのマネージャーが退職し、新たに若い男性がマネージャーとなった。
そのことに大きな困惑はないのだが、人によってはかなりやりづらくなっている雰囲気を感じる。
前任のマネージャーはとにかく優しく面倒見のいい女性だったんだが、そのせいかちょっとクセのある社員の「お世話係」となっていた。
他の社員と話すのが苦手な人の代弁をしてあげたり、遠くの席から呼びかけられると自分の仕事の手を止めてすぐに向かったりと、マネージャーだから仕方ない部分もあるだろうけど、本来の業務から外れた他人のお世話ばかりをしていた。
一部の人達はお世話係のマネージャーにおんぶに抱っこの状態で、その人がお膳立てをしてようやく業務にとりかかれる、といった印象だった。
しかし、そのマネージャーが退職してしまったのである。
そして、後任の男性マネージャーはそこまで面倒見がいいタイプではなく、どちらかといえばドライな性格だ。
一部の人たちは、急に変わった職場環境に戸惑っているのがよく分かる。だって誰も前もって仕事のお膳立てしてくれないからだ。
ある人は、他の社員の間に入ってくれない新任マネージャーに不満をこぼし、またある人は業務の進捗状況が何も分からなくて自分の業務外のこともあれこれ質問攻めにしていた。そして新任マネージャーは上司に「あの人たち、正直めんどくさいですね」と愚痴っていた。
ちなみに私は特に不満なく働いているのだが、「お世話係」がいなくなって右往左往している人たちを助ける気にもなれない。
前任のマネージャーから「あの人はこういう人なんで」と言われてこっちが気を回したり譲歩してばかりいたのに、さらに気遣いをするほどお人好しじゃないからだ。
変わるべきなのはあの人たちであって私ではない。
「夏休みの宿題を期限通りに終える」を出来なかった結果
息子の夏休みも残りあと10日ほどになった。
小学一年生になってから、45日間の初めての夏休みだ。東北生まれの私は世間と比べて夏休みが短く、だいたい8月24日か25日あたりが始業式だったが、近畿地方の始業式は9月1日である。昔、りぼんやなかよし等の少女漫画で「学校が始まる9月までに〜」といったセリフを見かけるたび羨ましかったものだ。
そのため、息子の8月は丸々休みである。私のパートもあるため週三回は放課後等デイサービスを利用しているが、基本的にはのんびりと過ごしている。何とも羨ましい反面、子を持つ親となってからは小学生の夏休みというものは呑気に過ごしてもいられない。
その理由は言うまでもない。「夏休みの宿題」があるからである。
息子の宿題は主に
・サマー16(夏休みの友のようなもの)
・ドリル
・絵日記2枚
・自由研究、図画、習字、読書感想文のいずれかひとつ
・本を10冊読む
これに加えて、毎日の習慣として
・音読
・計算カード
・朝顔の観察
・一行日記
がある。
自分の時代を思えば決して多い宿題ではないのだが、「毎日の習慣としてやる」と言うものが多い。しかも息子は残念なことにこういった宿題を自ら率先してやってくれるタイプではない。そのため、親が計画と立ててやらせなければならない。
とりあえず、後からまとめてやることが困難な「毎日の習慣」は欠かさずやらせることにし、それが終わらないとタブレットやYouTubeを見れない、と言う約束にした。大好きなタブレットが出来ないのは息子自身も堪えるだろうと思ったのだが、それでもなかなかとっかかりが遅い。「大好きなタブレットをする」よりも「宿題の面倒くささ」が勝るようである。自分の子供時代もそうだったので気持ちは良くわかるのだが…。
それでも何とかかんとか習慣づけつつ、7月のうちにはワークやドリル系を「1日2ページ」と決めて取り組み、これは8月の初めには全て終えることができた。だがしかし、そうなると今度は大人も悩ましい宿題が待っている。
まず、自由研究、図画、習字、読書感想文のいずれかだ。息子はまだひらがなを書くのもおぼつかないし、文章などまだ書けないので、選ぶのは自動的に図画になる。図画はいくつか開催されるコンクールから一つを選び、そのテーマに合わせて描く、と言うものだった。
気温の高い中、どこかに出掛けて絵を描くのはしんどかったので、近所にある公園で私鉄の電車と一緒に写っている姿を写真に撮り、それを絵にすることにした。ちょうど、「大好きな私の町」と言うテーマのコンクールがあったからだ。
時刻表を調べて電車の来る時間に公園に行き、タイミングを見計らって写真を撮った。そしてそれを家でプリントアウトし、絵に起こすことにした。テーブルを出し、絵の具を揃え、下描きのお手本を見せ、息子が描きやすいように環境を整えた。
……だが、ここまでしても息子はやる気を出さない。ちょっと描いただけでもう「むずかしい」と言って投げ出してしまう。ここまでお膳立てしてるのに?!と心底思ったが、ここは怒らずグッと堪える。
そして空とか地面とか面積の大きい場所は私が絵の具で塗ってあげ、電車の色は写真に近づけるように作ってあげた。画用紙が色で埋まっていくと、ようやく息子もやる気が出たようで、仕上げの作業などは喜んでやっていた。
出来上がった絵を見てとりあえず私は一安心。夏休みの一番大きな宿題を無事に終えられてホッとした…と同時に、自分の子供時代がどうだったかを思い出していた。
私も勉強や宿題は嫌いだった。そして自発的に自分で計画を立てて事を進められるような優秀なタイプでもなかった。というか能力的には同世代よりもだいぶ劣っていただろう。
絵日記などは親も手伝ってくれていたが、それでも出来なかったものや未提出のものが多かったと思う。学業の成績や評価も重要だが、それ以上に「夏休みの宿題を終えることができなかった自分」という事実が心の中に棘のように刺さっており、そのまま成長してしまった自覚がある。そういった事実は自分の自信のなさや劣等感、自己弁護から来る過剰な自尊心に繋がっている気がするのだ。
私は息子に「宿題をして優秀な成績を収めてほしい」とか思っている訳ではない。ただ、私のようになって欲しくないのだ。夏休みの宿題というものは、当然ながら無茶苦茶なスケジュールで出されている訳ではない。むしろ計画的に進めれば余裕で終わるようにできている。ただ、その「余裕で終わるようにできている」ものを期限通りに終えることの出来なかった時に感じる自分へのガッカリ感は、後から埋められるものではない。私は、息子にそう言ったガッカリ感をできるだけ味わって欲しくないのだ。
例え殆ど親に手伝ってもらったような図画でもいい。期限通りに提出してほしいのだ。
自分好みの絵が仕上がる嬉しさ
最近、たまに絵を描いている。
こういった書き出しだと、風景画とか静物画だとか、あとは可愛らしいイラストだとか、絵手紙調の挿絵だとか、そういったものを連想するのだろうが、私の場合は残念ながら全く違う。
だいぶ濁して言うと、まああまり人には見られたくないし見せられない絵である。モチーフ的にも、クオリティ的にもだ。絵はドローイングアプリの「アイビスペイント」を使っているのだが、出来上がった絵は誰にも見せないし、ネットの匿名SNSにも上げていない。完全に自分が描いてて楽しいだけの自己満足の絵である。
ちなみに、絵の技術にはいまだに少しの自信がある。
私はいわゆる「クラスで一番絵が上手い女子」だった。この肩書きも中学、高校を経て美大を目指すようなガチ美術部の方々の前では霞んでなくなってしまったものではあるが、それでも絵を描くのはいまだに何となく好きだ。
しかし、人物デッサンなどのきちんとした技術を身につけているわけでもないし、そういった努力を怠ったまま今に至っているので、ただ感覚で人物を描くとデッサンが狂いまくっている。あと、男性の骨格がよくわかっていないのでただのゴツゴツした人っぽもの、と言うありさまの出来になる。
最初は別にそれでも良かったのだ。誰に見せるわけでもないし。しかし、何度か描いているうちにやはり物足りなくなってきた。もう少しちゃんとした自然な人体と筋肉を立体的に描きたいと思うようになった。
そこで導入したのが「イージーポーザー」というアプリだ。これは3Dの人体モデルの関節を好きなように曲げて、自分の描きたいポーズを取らせることができる、と言うもので、無料版でもモデルには若い男女、そして「スーパーヒーロー」と言う筋肉質な男女のモデルが使える。好きなポーズが出来上がったら画像を保存して、上からトレスなどをすればいい。
これを使うようになってから、絵のクオリティは格段に向上した。男性はきちんとした筋肉質の男に見えるし、骨格が不自然になることも無くなった。
しかし、絵というものはとても奥が深い。特に「自分が描きたいと思う絵」を具現化するには、さまざまなTipsとテクニックがある。
動きのある絵に見せたい場合や、人体に衝撃を受けた時の表現は、「やりすぎ」でも「やらなさすぎ」でもどこか不自然になる。その適度な見極めが難しい。
擬音ひとつ取ってもそうだ。叩く衝撃を表す場合、「バシッ」と書くか「ばしっ」と書くかで受ける印象は違うし、それを叩かれた場所の近くで書くのか、離れた背景の方で大きく書くのかでは画面から受ける印象はまた違う。
これは私の好みの話になるが、私はどうやら「衝撃を受けた時の線の描写は過剰めに、擬音は衝撃が起こった場所の近くであまり大きくなく、だが何回も書く」という表現がお気に入りらしく、このように仕上げるとしっくりくる。
仕上がった絵を時系列ごとに見ていくと、自分の技術や表現の幅がどんどん広がっていっているのも楽しい。そして次はどんなものを描こうか、とイージーポーザーを今日もコネコネしているのである。